江戸時代から続く仕掛け人形「おばけの金太」 おどけた表情に現代の子どもたちも興味津々

江戸時代から続く仕掛け人形「おばけの金太」 おどけた表情に現代の子どもたちも興味津々

ぶらり新町・古町

作業場で金太づくりに励む厚賀人形店の10代目、厚賀新八郎さん=熊本市西区

おどけた表情が愛らしい。江戸時代から続く仕掛け人形「おばけの金太」。新町(熊本市中央区)で長らく店を構えてきた厚賀人形店の10代目、厚賀新八郎さんの作業場にうかがった。

ひもを引っ張ると舌を出して、目が白目になったり黒目になったり。朱色の顔は人なつこい。

金太の顔部分は、厚紙でできている。金型に厚紙を押し込んで成型後、白い胡粉(ごふん)を5回ほど塗って、朱色を上塗りする。からくりの仕掛けは、手先が器用でないとできない。固い真竹をバネにして、舌と目が動く。土台を付けて、防止と髪の毛を合わせて出来上がる。

舌を出すしぐさがかわいい

西南戦争の際、店が焼かれてしまった。当時の店主が、家財道具とともに金太の木型も持って逃げたという。「そうでなければ、その時点で金太は終わっていた」と10代目。

父の9代目は、ほかの人形や祭りの道具を作るのに興味があり、金太づくりをやめてしまいそうだった。当時サラリーマンだった新八郎さんは「金太が終わっていいのか」と思い、店を継ぎ、金太を守った。

それから約55年。「郷土の人形はたいてい簡単なものが多いが、金太はしっかりしたからくり人形」と胸を張る。息子の新太郎さんが跡を継いでくれるのも心強い。

人形店は約40年前に新町から花園(熊本市西区)に移転した。新町の再開発が進み、周りにマンションが並ぶようになった。人形を塗る作業があるため、日当たりが良くないと乾きが悪くなってしまう。

それでも、新町への思い入れがある。肌寒くなってきた秋のある日。新八郎さんは母校、一新小学校の3年生に金太の話をしにやってきた。地元の文化や工芸の良さを知ってほしいと校長から依頼を受けて、「総合的学習」授業の先生役を引き受けた。

授業

教室で授業する新八郎さん

教室に並べられた金太を見て、子どもたちは「(おばけなんて)こわくないよ」「首から下がどうしてないの」と興味津々。

新八郎さんが「金太を知らない人は手を挙げて」と質問すると、3分の1ほどが挙手した。そんな子どもたちを教室の前に呼んで、からくりの仕掛けを披露。ひもを引っ張って舌が出てくると子どもたちの歓声が上がった。

のけぞる子ども

舌を出す仕掛けに、のけぞる子どもも

普段はテレビゲームやスマホでのアプリに囲まれている子どもたちだが、素朴な遊びも好きなようで、見学していた私もほっとした。

もともとは加藤清正の時代に、おどけ者の「金太」という足軽がいて、彼をからくり人形に仕立てたのが始まりという。熊本城築城の仕事が厳しく、一息入れるような瞬間を民が求めていたのだろう。

おばけのような形相だったので、いつのころからか「おばけの金太」と呼ばれるようになった。昭和に入ると、初節句に贈られるようになったそうだ。

「おばけの金太」は以下で購入できます。

【熊本県伝統工芸館 工芸ショップ「匠」】
TEL : 096-324-5133
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【くまもと工芸会館 クラフトショップ「蔵」】
TEL : 096-358-5711
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※情報は2019年11月12日時点です。

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