ハンドボール面白ネタまとめ かつてコートはサッカー場並みの広さ!? 熊本開催の女子世界選手権関連も

ハンドボール面白ネタまとめ かつてコートはサッカー場並みの広さ!? 熊本開催の女子世界選手権関連も

ハンドボールの世界女王の座を争う第24回女子世界選手権が、2019年11月30日から12月15日まで、パークドーム熊本など熊本県内5か所で開催されます。

熊本日日新聞は、ハンドボールをよく知らないという人にも競技や世界女子ハンドに関心を持ってもらおうと、思わず人に話したくなるような面白ネタを掘り起こし、朝刊で「なるほどハンド」のタイトルで連載中です。「クロスくまもと」では連載記事を加筆・再構成し、まとめて紹介します。

※連載の取材・執筆は、熊本日日新聞社編集本部の鎌倉尊信、萩原亮平の両記者。情報は掲載時点です。

人数も11人! まさに〝手を使うサッカー〟

ハンドボールは、現在1チーム7人の選手が縦40メートル、横20メートルのコートで戦います。しかし、1922年に日本に導入された当初は違いました。11人制で、コートの広さは縦100メートル、横60メートル。これはサッカーとほぼ同じです。元熊本県立済々黌高校の教師で、競技の普及・強化に尽力したことで「熊本県ハンドボールの父」と呼ばれる故藤田八郎さんも著書の中で「広く、思い切って走り回ることができる」と紹介しています。(2019年11月1日付掲載)

11人制ハンドボール

11人制ハンドボールを楽しむ人たち=1975年、玉名市

女子日本代表の愛称「おりひめ」に込められた願いとは?

女子日本代表チームの愛称は「おりひめジャパン」。2013年、1100点以上の応募の中から決まりました。

由来は、織り姫が優雅に天の川を渡るように、日本が世界に華麗に羽ばたくようにとの願いが込められているそうです。ちなみに男子の愛称は、シュートの軌跡のイメージから「彗星(すいせい)ジャパン」です。

女子世界選手権熊本大会に出場する「おりひめ」のメンバー21人は11月12日に発表されました。熊本県勢では、実業団チームの強豪・オムロン(山鹿市)の永田しおり、勝連智恵、宮川裕美、石井優花の4選手が選ばれました。(2019年11月5日付掲載)

メンバー発表後、集合写真に納まる女子ハンドボール世界選手権日本代表のメンバー=2019年11月12日、東京・都道府県会館

選手の指先には白い両面テープ 粘着力で〝悲劇〟も

ハンドボールの選手の指先に注目すると、多くの選手が白いテープを巻いているのに気付きます。けが防止のテーピングと思われがちですが、さにあらず。正体は、ボールを保持するグリップ力を高めるために巻いた「両面テープ」です。ハンドの専用品のほか、文具用やカーペットの固定用のものを愛用する選手もいるそうです。熊本県内の強豪・千原台高校のGK池田真那美さんは「ポジションや選手によって巻き方や種類が違います。幅や厚み、粘着力など、それぞれ好みがあるんですよ」と教えてくれました。

指にグリップ力を高める両面テープを巻いた千原台高校の池田真那美さん=熊本市西区の同校

 

この両面テープですが、プレーではちょっとしたトラブルも起きます。まず手に汗をかくと、指の形のままテープがすっぽ抜けることも。池田さんは「投げたボールにテープが引っ付いていくこともある」と苦笑いします。靴ひもを結び直したり、髪の毛をよけたりするのもひと苦労。選手同士が接触した際、手と手が不意にくっついてしまうこともあるそうです。(2019年11月14、15日付掲載)

両面テープ

ハンドボールの選手が指に巻く両面テープ

 

「悲劇」のドーハ、「歓喜」の日に 女子世界選手権の熊本開催が決定

今回の女子世界選手権の開催地が熊本に決まったのは、約6年前の2013年10月28日。カタール・ドーハで開かれた国際ハンドボール連盟の理事会でのことです。

日付と場所でピンときた人は、かなりのサッカー通ですね。ちょうど20年前、日本代表がワールドカップ初出場を逃した「ドーハの悲劇」が起きました。理事会前、そのことに気付いた日本の関係者は験の悪さを心配しましたが、結果は最高。「これからは『ドーハの歓喜』の日ですね」と喜び合いました。(2019年11月13日付掲載)

喜ぶ熊本県関係者ら

女子ハンドボール世界選手権の熊本開催が決まり、喜ぶ熊本県関係者ら=2013年10月、カタール・ドーハ

22年前、男子の世界選手権も熊本で 熱狂の再来期待

熊本でのハンドボール世界選手権開催は1997年の男子大会に続き2度目です。当時、県内企業や各種団体などが参加各国のサポーターとして応援団を結成するなどして盛り上げに一役買いました。全80試合で、それまでの動員記録となる28万9千人の観客を集めました。今大会も「1校区1国運動」を展開するほか、県内外でのプレイベントでPR。全96試合の観客動員30万人を目標に掲げ、県は92億円の経済効果があると試算しています。(2019年11月2日付掲載)

22年前、熊本で開催された男子ハンドボール世界選手権の開会式の様子=1997年5月17日、熊本市のパークドーム熊本

かつての人気キャラ くまモン登場で「出る幕がなかとです」

1997年に熊本で開催された男子世界選手権では、ある大会キャラクターが人気を博しました。「なるほどハンド」では、その懐かしのキャラクターを、熊本県出身のお笑い芸人・ヒロシさん風に登場させました。

 

突然ですが、飛勇太(ひゅうた)です。熊本であった1997年男子世界選手権のマスコットキャラクターやったとです。

飛勇太です。モデルは県鳥のヒバリとです。当時、販売された人形が売り切れるほど人気やったとです。

飛勇太です。熊本でまた世界選手権があると聞いて、再登板があるかもしれないとちょっと期待したとです。

飛勇太です。いつの間にか、くまモンっていう、ゆるキャラが登場して出る幕がなかとです。寂しかです。飛勇太です。飛勇太です。飛勇太です…。(2019年11月18日付掲載)

熊本市中心部のビルに掲げられた、男子ハンドボール世界選手権のキャラクター「飛雄太」の看板=1996年5月

大洋デパートに実業団最強チーム 大火災で廃部に

熊本県勢女子実業団のオムロンは、日本リーグや日本選手権制覇など輝かしい実績を誇り、数多くの選手を代表チームに送り出している名門です。その源流は、1961年にまでさかのぼります。この年、全日本選手権で熊本商大(現熊本学園大)クラブが2連覇を達成。しかし、卒業を控えた主力選手に就職先となる県内企業の受け皿はなく、人材流出の危機に直面していました。手塩にかけた選手たちを地元に残したい-。関係者は県内有数の企業だった大洋デパート(熊本市)に救いを求めました。

全日本選手権で優勝した熊本商大クラブ=1961年1月、熊本市

関係者らの尽力が実り1961年、大洋デパートに女子実業団チームが産声を上げました。監督には、中央大を卒業したばかりの井薫さん(現熊本県サッカー協会特別顧問)が就任しました。井さんの指導もあり、大洋デパートは初出場した同年8月の全日本総合選手権で準優勝。62年には国体で頂点に立ちました。69、70年には当時の国内4大タイトルを独占。70~72年、公式戦51連勝と前人未到の大記録を打ち立てました。

全国実業団選手権の東京重機戦で、シュートを決める大洋デパートの枝尾=1971年7月

最強の名をほしいままにしていた大洋デパートでしたが、チームの終えんは、県民にとって忘れがたい出来事とともに突然訪れました。1973年11月29日、104人が犠牲になった「史上最悪のデパート火災」が発生。選手たちは日本代表として海外遠征中だったり、休日だったりして火災現場にはいなかったものの、チームは母体となる企業の支えを失いました。翌74年、23度の国内タイトル制覇を誇る「女王」は、13年間の活動にピリオドを打ちました。(2019年11月6~8日付掲載)

大洋デパートの火災後、遠征先から熊本空港に戻ってきた大洋の選手たち。左から2人目は出迎えた藤田八郎さん=1973年12月19日

大洋の選手、立石電機(現オムロン)で再出発

火災が原因で廃部となった大洋デパートですが、行政を含む関係者の尽力もあり、救いの手は伸びてきました。山鹿市に工場を立地した立石電機(現在のオムロン)がチームを引き受け、1974年2月に正式決定。再出発にこぎ着けました。90年に立石電機の企業名変更で現在のチーム名「オムロンピンディーズ」に改称。立石時代を含め日本リーグで2度、4連覇するなど最多17度の優勝を誇る有数の強豪として現在に至っています。(2019年11月9日付掲載)

日本リーグ優勝を決め、コート上で輪になって喜ぶオムロンの選手たち=2013年3月10日、東京・駒沢体育館

キーパー不在、リスク覚悟の「7人攻撃」

試合を止めず、選手交代が自由なのがハンドボールの特徴の一つです。そのルールを生かした全員参加の「7人攻撃」は、今回の女子世界選手権でも見どころです。

ゴールキーパー(GK)に代わる選手が攻撃に参加することで、守備側に対して人数的優位をつくることができます。ただし、ゴールは無人になるので、相手にボールを奪われると一気にピンチに陥るリスクも伴います。ゴールを無人にする戦術は、一時的な退場などで足りなくなった攻撃側の人数の補充で使うこともあります。(2019年11月16日付掲載)

女子世界選手権のメダルに熊本伝統の技

熊本で開催される女子世界選手権大会で贈られる金、銀、銅メダルは熊本市の肥後象がん工房「光助」が制作しました。表面に純金の桜が浮かび、伝統の技が光ります。メダルは直径約10センチ、重さ約500グラム。江戸時代の「肥後鐔(つば)」がモチーフ。各色のプレートに象がんを施した鉄板を据え付け、山鹿市で生産された絹糸を組み上げた「組紐(くみひも)」をリボンに採用しました。熊本で培われた繊細な手仕事で生み出された逸品が、激戦をくぐり抜けた選手たちの栄誉をたたえます。(2019年11月10日付掲載)

女子ハンドボール世界選手権で贈られる金、銀、銅のメダル(熊本国際スポーツ大会推進事務局提供)

日本代表監督、熊本から相次ぎ輩出

1976年のモントリオール五輪で日本代表の男子チームを率いたのは、竹野奉昭(2014年、77歳で死去)、女子は井薫の2氏で、いずれも熊本県立済々黌高出身です。2人を指導したのが、「熊本県ハンドボールの父」と呼ばれる故藤田八郎さん。著書で「教え子が2人そろって(代表)監督になるのは恐らくオリンピック史上初ではなかろうか。優秀な教え子に恵まれて幸せ」と述懐しています。(2019年11月3日付掲載)

モントリオール五輪での竹野奉昭さん(左)、井薫さん(右)

世界女子ハンド「丸分かりガイド」

熊本県で開催される女子ハンドボール世界選手権の魅力、「おりひめジャパン」の顔ぶれ、大会日程、チケット購入法、会場への交通アクセスなどの情報を分かりやすくまとめた「丸分かりガイド」がこちらです。

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