東北と熊本「被災の体験共有し、心結びたい」 坂本龍一さん、音楽通した支援への強い思い

東北と熊本「被災の体験共有し、心結びたい」 坂本龍一さん、音楽通した支援への強い思い

東日本大震災と熊本地震の被災地を音楽でつなぎ、復興を応援しよう-。米ニューヨーク在住の音楽家、坂本龍一さんが企画した復興支援コンサートが2019年12月25日、熊本市中央区の熊本城ホールであり、自身が音楽監督を務める「東北ユースオーケストラ」と、在熊の「熊本ユースシンフォニーオーケストラ」が共演、壮大な演奏を響かせました。坂本さんは2300人の観客を前に「ラストエンペラー」「戦場のメリークリスマス」など往年の名曲も披露しました。

熊本ユースシンフォニーオーケストラと共演する坂本龍一さん

東北ユースオーケストラ、熊本ユースシンフォニーオーケストラと共演する坂本龍一さん=2019年12月25日、熊本市の熊本城ホール(©MICHIHARU BABA)

坂本さんは、1952年東京生まれ。78年にソロデビューし、同年、細野晴臣さん、高橋幸宏さんと「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成しました。映画音楽では、「戦場のメリークリスマス」で英国アカデミー賞、「ラストエンペラー」でアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞などを受賞。世界的に認められる音楽活動を続ける一方で、森林保全団体の設立や脱原発を目指す運動などにも積極的に携わっています。

2011年の東日本大震災以降は、東北の被災地に足を運び、被災した楽器を修復するために「こどもの音楽再生基金」を設立。2013年には岩手、宮城、福島3県出身の子どもたちと「東北ユースオーケストラ」を結成し、公演を開いています。今回の熊本公演は16年4月の熊本地震後から熊本市に働き掛け、約3年半越しで実現しました。

熊本公演の日、坂本さんは熊本日日新聞社のインタビューに応じ、「毎年のように災害が起き、音楽家として何か協力できないかといつも考えている」と、音楽を通した被災地支援にかける思いを語りました。詳しいインタビューのやりとりを紹介します。(聞き手は熊本日日新聞文化生活部の浪床敬子、深川杏樹、平澤碧惟、撮影は写真映像部の小野宏明)

※情報は2020年1月7日時点です。

坂本龍一さん

「音楽家として何か協力できないかといつも考えている」と語る坂本龍一さん=2019年12月25日、熊本城ホール

「3・11」にショック 「自然の声聞くこと忘れてはいけない」


――東北の被災地に足を運び、2013年には岩手、宮城、福島3県出身の子どもらと「東北ユース」を結成し、毎年演奏会を開くなど、被災地の子どもたちの支援に力を入れています。

坂本さん 「『東北ユース』を立ち上げる前に、『こどもの音楽再生基金』を設立し、被災楽器を修復する活動を始めたのがきっかけ。音楽家なので、泥に漬かった楽器や、海底に沈んだピアノの写真を見て、とても心が痛んだ。新しく買い戻すことは難しいが、修理すれば使える楽器は修理しようと、約2千校の学校で取り組んだ」
「災害が起きたとき、影響があった場所に何かしたいと思うのは、人間として自然なことだと思う。音楽家である自分ができる範囲で、支援をやっているつもりだ」

――「3・11」以降、自身の中で大きく変わったものは何でしょうか。

坂本さん 「何十年も生きてきて経験したことのない未曽有の災害。大げさに言えば、人類の文明が自然の力によって壊された。人間が創意工夫を重ねて作ったものが一瞬で壊された光景を見て、音楽を作る人間として、大きなショックを受けた。人間対自然ということの意味は答えが出るものではないが、あれ以来、今も考え続けている」
「1992年ごろから環境問題に関心を持ち始め、自然に対する考えは深まっていたはずなのに、『3・11』の日、自分は自然の声を聞いていなかったことを強く反省した。一日でも自然の声を聞くことを忘れてはいけないと思った。あの時のショックは今でも続いている」

個性持ち寄り、成し遂げる喜び大切


――「東北ユース」の活動を通して感じることや気付くこともあるそうですね。

坂本さん 「支援するというより、僕が子どもたちに、教えられることが多かった。被災3県といっても、団員の中で被害の大きさにグラデーションがある。子どもたちは、記憶を共有しようと、自ら被災者に話を聞きに行くことを始めた。自分で企画して、行動に移すという大きな成長を見せてくれたことが、一番うれしかった」

――熊本公演では、「東北ユース」と、小学生から若手演奏家でつくる「熊本ユースシンフォニーオーケストラ」が共演しました。被災地を音楽でつなぐ意図は。

坂本さん 「毎年どこかで災害があり、すべて支援することは難しいが、何とか協力できないかといつも考えている。熊本地震直後も、『東北ユース』とのコラボレーションを企画したが、まだ復興が道半ばということで実現できなかった。今回、約3年半越しに夢がかなった。どこの被災地に対しても『忘れてはいない』『心配している』という気持ちをいつも持っている」
「被害の有無や規模は関係なく、子どもたちが被災体験を共有することで心の結び付きができる。『東北ユース』のような活動がもっと広がればいいと思うし、連携できるならしたい。海外にも、深刻な状況で生きる子どもたちがたくさんいる。いずれは海外ともつなぎたい」

――オーケストラに参加した子どもたちに伝えたいこととは。

坂本さん 「一つの音楽を作る努力や、そこから得られる喜びを感じることが、一番大切だと思う。オーケストラは全員で力を合わせないと成立しないが、それは各自の個性を消すのではなく、個性を持ち寄って一つのものを作るということ。これは、被災したか否かにかかわらない」

「被災地を忘れず、寄り添う気持ち」音楽で伝えたい

――まだ震災前の生活に戻れていない人々も少なくありません。

坂本さん 「現状に、不安や不満を抱えた人も多いと思う。でも、音楽で気持ちが和むことはあるし、自分も音楽に助けられた。やるからには、聞きに来てよかったと思ってもらえる時間にしなければならない。ただ、こちらの思いを押しつけたくはない。音楽が必要とされているならという姿勢は、いつも念頭に置いている。私たちは被災地を忘れていないし、寄り添っているということを伝えられたらいい」
「個人の思いとしては、行政には、仮設住宅に住んでいる人など、被災して困っている人々の生活を優先してほしいと思っている。復興のシンボルを建てることも重要かもしれないが、そういう人たちのケアが先なのではないかと思う」

――「音楽家は(いち早く危険を告知する)炭鉱のカナリアみたいなものだ」と語る音楽家の目に、今の社会はどう映っていますか。

坂本さん 「台風が頻繁に生じ、災害が相次ぎ、今までの常識が通じなくなっている。これが世界中で起きていて、強い危機感を持っている。でも、日本の社会はそれほど危機感がない気がする。対応が後手後手になってしまわないか、とても気掛かりだ」
「音楽に、何ができるかは分からない。〝音楽の力〟〝音楽の可能性〟とよく言うが、音楽は受け手に伝わって初めて成立するものであって、送り手がそう言うのは不遜だと思っている。ただ、自分の考えは音楽に反映されている。公演で、時間と響きを共有することで、受け手の心に何か生じるものがあるならうれしい」

原発のない世界訴え 「人間は、対処できない問題には目背ける」

――東京電力福島第1原発事故は、8年を過ぎた今も大きな爪痕を残しており、「原発のない世界」を訴えています。

坂本さん 「災害は終わるが、原発の問題は終わらない。原発はずっとそこに存在し続けているので、普通の災害とは質が違う。それは目の前に災害があり続けることと同じことで、忘れられることではないし、見て見ぬふりはできない」
「人間は、対処できない問題には目を背けてしまうという、悲しい面もある。僕は、組織の中で働く人より発言しやすい立場にいるので、社会にもの申すことは務めだと思っている。攻撃を受けることもあるが、それは覚悟している。やはり僕は言い続けたい」

――2018年にデビュー40周年。14年には中咽頭がんが見つかり、一時休養を余儀なくされたが、再び精力的な音楽活動を続けています。

坂本さん 「自分に残された時間がリアルに、真剣に感じられた。時間が限られていると実感するきっかけになったし、もっと大切にしたいと思うようになった。今後もっと支援を続けていきたい」

CATEGORIES
TAGS