「農業で成功し、熊本を元気に」 トップファーマーの信念と行動力 球磨、阿蘇、菊池 第60回県農業コンクール受賞者を訪ねた

「農業で成功し、熊本を元気に」 トップファーマーの信念と行動力 球磨、阿蘇、菊池 第60回県農業コンクール受賞者を訪ねた

日本の農業に未来はあるのか―。

生産者の高齢化、若い担い手の不足、規模拡大や効率化の遅れ、輸入農産物との価格競争、自然災害への対応…。日本の農業を取り巻く課題はたくさんあります。もしも、です。農業が衰退を続けてしまえば、国産の「安全・安心」な農産物を食べることが難しくなります。農業や生産者に支えられてきた地域経済、地域社会、環境、美しい農村景観にも影響します。つまり、農業とは直接関係ない、消費者、地域住民も、農業を取り巻く問題の「当事者」と言えます。

日本棚田百選の一つで、国の重要文化的景観の構成資産でもある「扇棚田」。黄金色に染まった扇の縁をなぞるようにコンバインが稲を刈り取る=2019年9月、阿蘇郡産山村

重要な産業の将来像が描けていない状況は、農業が盛んな熊本県も同じです。一方、熊本には、新しい技術を導入したり、創意工夫したりして、「稼げる農業」を実現している生産者もたくさんいます。

 

ビニールハウスで栽培されているデコポンを手にするくまモン。熊本県の特産デコポンは、今年、出荷開始から30年目の節目を迎えている=2019年12月、宇城市不知火町

今回、熊本日日新聞の記者たちは、球磨、阿蘇、菊池の各地域で挑戦を続ける意欲的な生産者たちを訪ね、農業に懸ける思いと工夫を凝らしている点を聞いてきました。今回、取材した生産者には共通点があります。第60回を迎えた2019年度熊本県農業コンクール大会(県、農業団体、熊本日日新聞社主催)の各部門でいずれも最高賞「秀賞」を受賞。いわば熊本の「トップファーマー」です。これから紹介する記事を通じて、農業を志す人、意欲的に経営改善に取り組む生産者、そして農業に関心を持ち、応援しようという消費者が増えることを願っています。取材したのは、熊本日日新聞社政経部の福山聡一郎、阿蘇総局の中尾有希、菊池支局の植木泰士の各記者です。

※情報は2020年1月30日時点です。

ゼロから「和牛」を勉強、短期間で大規模化 〈球磨郡錦町の有田牧場〉

熊本市中央区にある熊日本社から南へ約80キロ。車で九州自動車道人吉ICを降りて、球磨地域を東西に貫く国道219号へ。人吉市の東隣、錦町の平坦な農村地帯に有田牧場がありました。2019年度の熊本県農業コンクール全体のグランプリ「経営体」部門の秀賞を受賞しました。

有田牧場は、地域の担い手として地元に根差した良質な自給飼料づくりを基盤に経営を進めています。乳用牛、肉用牛の複合経営を生かし、短期間で優良な繁殖牛を増やすことを実現したモデル的な存在です。

黒毛和種の様子に目を配る有田耕一さん=2019年12月、球磨郡錦町の有田牧場

乳牛160頭と繁殖牛390頭

「どんなふうに管理すれば牛が大きく育つかを考えるのがとにかく好き」。有田牧場の社長、有田耕一さん(43)は牛舎内を見回りながら、おいしそうに餌をはむ黒毛和種を見つめました。

牧場では乳牛160頭と繁殖牛390頭を飼育しています。丹精込めて育てた子牛の価格は地元市場平均を15%上回っています。家業はもともと酪農が主体でしたが、2008年に父・八起さんが急死したのをきっかけに、収入の柱を増やして強固な経営基盤を確立しようと繁殖牛経営に乗り出しました。

有田牧場が飼養する黒毛和種。寝て過ごすなど落ち着いている牛が目立った=錦町

酪農の経験はありましたが、和牛はゼロからのスタート。牛の血統の専門書を読み込み、必死で独学。地元の畜産農家らにも教えを乞い、衛生管理や成長段階に応じた飼養方法を学びました。

「地域の活性化を引っ張る存在になりたい」

子牛の食欲を増すため、冬場は飲み水の代わりに湯を供給する装置を自作。子牛が生まれた直後に離乳させて雌牛の発情を促し、平均370日と全国平均より1割短い分娩(ぶんべん)間隔を実現しています。

牛の水分摂取量が落ちる冬場対策として、有田耕一さんが自作した、お湯を供給する機器

18年からは、子牛の遺伝上の基礎能力が分かる評価調査も導入しました。地元のコメ農家から粗飼料にする稲わらなどをもらう代わりに堆肥を無償提供。社員5人を地元雇用するなど地域への思いは深いものがあります。当面の目標は繁殖牛を500頭まで増やすことです。「地域の活性化を引っ張る存在になりたい」と決意を語ってくれました。

地元で収集した粗飼料を手にする有田耕一さん

放牧地やAI活用し、効率的に繁殖牛飼育 〈阿蘇郡産山村の井さん夫妻〉

大分県境近くに広がる阿蘇郡産山村の放牧地。のんびり草をはんでいた牛たちが、井星二さん(37)、春香さん(37)夫妻の呼び掛ける声に反応して集まってきました。二人は県農業コンクールで、次世代を担う「新人王」部門で秀賞。優れた経営管理技術で、雌牛を順調に増やし、「中山間地域で新規就農が定着するモデルケース」と評価されています。

放牧地やICTを活用して繁殖牛の大規模飼育に取り組む井星二さん(右)と妻の春香さん=2019年12月、阿蘇郡産山村

星二さんは時折、スマートフォンをチェック。麓の牛舎に設置したAI(人工知能)カメラから届く画像で、牛の状態を確認します。

牛舎内に設置したカメラが井さんのスマートフォンへ送信してきた、発情を示した牛の画像

採草した野草を飼料に 草原の景観維持に貢献

畜産農家の家庭に育った星二さんは、大学卒業後、いったん企業に勤めましたが、長女の誕生を機に帰郷。「畜産をやるなら従来通りの経営では身が持たない。機械を導入し、大規模経営を目指す」。両親とは別経営で、夫婦二人三脚で始めました。

24頭から始めて、当初目標だった40頭を超え、現在は78頭を飼育。未利用牧野を放牧や採草に積極活用し、草原の景観維持にもつなげています。

阿蘇の地域資源を生かそうと、草原で採草した野草などを使って粗飼料を100%自給している

牛舎には発情や分娩(ぶんべん)を知らせるICT機器を導入。放牧と組み合わせ、少ない人員でも牛に目配りできる体制を整えました。

元気に餌を食べる子牛たち

「畜産を若い人が憧れる仕事に」

非農家出身の春香さんも家畜人工授精師の免許を取得。産前産後の牛への細やかな気配りを欠かさず「1年1産」を実現し、星二さんを後押しします。「自分の子育てと重なる。愛情を持って健康に育てたい」と笑います。目標は100頭飼育と繁殖・肥育の一貫経営。「周囲や家族の支援でここまで来た」と2人。「生き物相手の仕事は大変なイメージが強い。休みが取れる畜産経営のモデルを作り、若い人が憧れる仕事にしたい」と意気込んでいます。

牛舎の前に立つ井さん夫妻。経費節約のため、建築作業を学んで一部は自ら建てた

女性が自立する農業へ 人気の直売所を運営 〈JA菊池農産物市場出荷協議会〉

トマトやカブ、ゴボウ、キクイモなど、新鮮な農産物や加工品が所狭しと並んでいました。温泉街に近い菊池市役所から約3キロ西にある農産物直売所「きくちのまんま」菊池店。JA菊池の「きくちのまんま」は菊池地域に3店舗あり、いずれも小規模店舗ながら県内有数の販売額を誇っています。

買い物客でにぎわう農産物の直売所「きくちのまんま」菊池店=2019年12月、菊池市

この「きくちのまんま」を運営しているのがJA菊池農産物市場出荷協議会です。会員391人は、ほぼ全員が女性。地産地消による女性の地位向上と「安全・安心」な農産物出荷をパワフルに進めています。「農家の女性が自立し、活躍できる場所を作りたい」。協議会の立ち上げに関わった荒木孝子さん(66)は、スタート当時の思いを語ってくれました。熊本県農業コンクールでは、環境保全型農業や食と農をつなぐ活動などに取り組む生産者や団体を対象にした「地域農力」部門の秀賞に選ばれました。

「きくちのまんま」を運営するJA菊池農産物市場出荷協議会の工藤清子会長(中央)と、菊池店の光永順子店長(左)、会員の荒木孝子さん(右)

直売所設置をJAに直訴、先進地視察も

1号店の合志店開業は2001年。当時は男性中心の農業経営が一般的で、販売収入は男性が管理。女性の自立には程遠い状況だったそうです。「自分たちの手で安全・安心な農産物を届けたい」とJA女性部が中心となり、直売所設置をJAに直訴。先進地視察を重ねて開業にこぎ着けました。

「きくちのまんま」菊池店の外観

農薬の使用履歴、自動チェックシステム導入

03年に菊池店、04年には菊陽店が開店。「新鮮でおいしい」と評判を呼び、11年には3店の売上高合計が10億円を突破しました。自分の通帳をつくり、中には年間2千万円を売り上げる会員も。それが生産意欲の向上につながっています。菊池店の光永順子店長(67)は「みんなの笑顔が輝いていた」と振り返ります。安全安心に向け、農薬の使用履歴を自動でチェックするシステムを導入。学校給食への食材提供にも力を入れています。「先輩たちがつくった取り組みを続け、地産地消に貢献したい」と工藤清子会長(60)は話しています。

直売所に出荷された野菜をチェックする菊池店の光永順子店長(左)ら

きくちのまんま店舗一覧

※地図上のポイントをクリックすると詳細情報。営業時間は全店舗午前9時~午後6時(年末年始を除き年中無休)

熊本県農業コンクール大会とは

熊本県農業コンクール大会は、農業県にふさわしい一大イベントです。優れた農業経営や地域農業を支える取り組みを広く紹介することで、農業と農村を活性化させようと、1960年に始まり、2019年度で60回目。このような農業関連のコンクールが県レベルで長く続いているのは全国的にも珍しいそうです。大会で表彰された農業者は「トップファーマー」の評価を得て、農業と地域を支えています。国の農林水産祭の参加行事で、各部門の秀賞受賞者には農林水産大臣賞も贈られます。

CATEGORIES
TAGS