魚料理がおいしい居酒屋「魚蔵」 店主は元ボクシングチャンピオン

魚料理がおいしい居酒屋「魚蔵」 店主は元ボクシングチャンピオン

ぶらり新町・古町

魚蔵

居酒屋魚蔵入り口。「老舗魚屋」の赤提灯に誘われる=熊本市中央区古大工町

熊本市の新町・古町をさるく。町屋があり、歴史的な橋がある。履物店をのぞき、写真館を見てはいにしえの町並みを想像する。横浜からの単身赴任者には、物珍しいことばかり。きょうもぶらぶらと、そぞろ歩きを始めた。

100年の歴史ある鮮魚店に併設

くじら料理の注文に応じる元ボクサーで店主の豊住さん

電停呉服町から五福小学校に向かう小道に、プロボクシングの元東洋太平洋ミドル級チャンピオンが包丁を握る居酒屋がある。魚蔵(熊本市中央区古大工町)だ。隣にある豊住鮮魚店が経営。両方の店主である元ボクサー豊住徳太郎さん(44)が、笑顔で迎え入れてくれた。

この日は、天草の太刀魚を使った料理をおいしくいただいた。現役時代より少しだけ重くなった豊住さん(現在80キロ)が出してくれた塩焼き(880円)は、ほかほか感が良かった。赤ピーマンとタマネギを合わせたかき揚げ(770円)は、さくさくして食べ応えがあった。ブリカマの塩焼き(770円)は口の中でとろけた。馬肉里芋コロッケ(960円)で満腹に。熊本の食材をしっかり味わえた。

太刀魚塩焼き

太刀魚塩焼き

たち追うかき揚げ

太刀魚かき揚げ

赤提灯を出したのは10年ほど前。3代目となる鮮魚店は100年ほどの歴史があるとはいえ、魚離れに加え大型小売店に客足を取られていた。今でも朝早く市場で魚を仕入れ、切り身などを病院に卸すなどしているが、将来を考え、思い切って居酒屋を併設したという。

今は子ども4人を養う。長男は、豊住さんが生きざまに憧れたというボクシング漫画「あしたのジョー」から、譲(じょう)と名付けた。

2003年、熊本県内ジム初の東洋太平洋チャンピオンに

豊住徳太郎さん

タイトルを奪取し、当時の会社同僚らに胴上げされる豊住さん=2003年2月22日撮影、益城町総合体育館

お店を案内してくれたのはボクサー仲間の木村文彦さん(53)だ。木村さんは東京の帝拳ジムに所属していた元日本ジュニアミドル級1位。ちょうど30年前の1990年2月、マイク・タイソンが東京ドームで行われた世界ヘビー級タイトルマッチで防衛に失敗した際の前座試合を務めた。前座とはいえこの試合も日本ジュニアミドル級のタイトルマッチだったのだが、木村さんはこの試合に負け、チャンピオンの座を逃した。

熊本に戻った後に役所勤めの傍ら豊住さんのスパーリングの相手を務め、豊住さんは2003年に東洋太平洋チャンピオンになった。相手に何度もボディーを放っての判定勝ち。熊本のジムの選手としては初めての快挙だった。

豊住さんが東洋太平洋チャンピオンとなったことを伝える2003年2月23日付熊本日日新聞朝刊

木村さんは豊住さんを「前に出るファイターで、左のボディーが良かった。ハートも強い。チャンスをつかんだ男」と評する。豊住さんは「指導者の方々の厳しさがあってこそ、自分がある」と語る。開新高2年からジムに通い、指導者の課す厳しい練習にめげなかった。

豊住さんは熊本で開かれた初防衛戦で判定負けし、プロボクシングを引退した。試合の序盤に脇腹を強く打たれて、あばら骨を痛めたが、判定にまで持ち込んだ。木村さんは「よう12回まで持った」と振り返る。「地元でKO負けはできませんから」と豊住さん。精神力で乗り切った。お腹を触らせてもらったが、右脇腹のあばら骨はへこんだままだ。

グローブから包丁に ボクシング仲間やお客さん、家族に支えられ

店内はカウンターとテーブル席がある

ボクシングをやっていて良かったことはと聞くと、2人とも「ボクシングの仲間がいること」と答えた。手にするものはグローブから包丁に変わったが、ファンやお客さんや仲間に支えてもらうことに変わりはない。豊住さんは仲間と、長崎・壱岐出身の妻有希さんの力をもらい、居酒屋の経営を乗り切るつもりだ。

店舗には譲君が描いた虹の絵が張られている。夫婦の心を支えている。そろそろ閉店の時間だ。あしたはどっちだ。

店舗情報

住所 熊本市中央区古大工町38

アクセス 熊本市電「呉服町」電停より徒歩3分
営業時間 17時半~23時(ラストオーダー22時半)
土曜・祝日前は17時半~24時(ラストオーダー23時半)
定休日 日曜
電話 096-352-3099

※情報は2020年2月17日時点です。

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