疫病から地域を守る一新小校区のお地蔵さん コロナの鎮静化と子どもたちの健康願う

疫病から地域を守る一新小校区のお地蔵さん コロナの鎮静化と子どもたちの健康願う

ぶらり新町・古町

熊本市の新町・古町をさるく。町屋があり、歴史的な橋がある。履物店をのぞき、写真館を見てはいにしえの町並みを想像する。横浜からの単身赴任者には、物珍しいことばかり。きょうもぶらぶらと、そぞろ歩きを始めた。

ぶらり新町・古町のスポットをまとめた「新町・古町ぶらりマップ」はこちら

蔚山町電停近くの「百日咳地蔵」 昭和初期、百日ぜきの回復願い建立

百日咳地蔵様

民家の脇にあった「百日咳地蔵」=熊本市中央区新町

新型コロナウイルス禍を憂い、何かできないものかと思案した。一新小(熊本市中央区)校区には35ものお地蔵さんがあるという。そのうち二つは、疫病から地域の人たちを守ってくれると伝えられている。

洗馬橋電停から上熊本駅行きの市電に乗って蔚山町電停で降りた。長崎次郎書店の方にちょっと戻って右に折れた。電車通りから目と鼻の先。民家の脇に「百日咳地蔵」が座っていた。

小さなほこらにお地蔵さんがまつられている。きれいに掃除され、花が手向けられていた。お地蔵さんの裏に住む大石重毅さん(81)、悦子さん(77)夫妻が線香をたいてくれた。頭巾をかぶり、よだれ掛けも着けている。

「百日咳地蔵」にはリンゴとミカンが添えられていた

昭和の初期、百日ぜきがはやって人々が苦しんでいた。病に苦しむ人々の回復や子どもたちの健康を願って建立されたという。「粗末にはでけん」と悦子さん。

7月には「お地蔵さん祭り」 地蔵が身近な生活

一帯の旧上職人町は、かつてお菓子職人がたくさんいて、子どもの数も多かった。町の至る所が子どもたちの遊び場だった。

近所の人たちが集まってくれた。昔話に花が咲いた。「以前は数メートル離れたところにあったのですよ」と大石悦子さん。50年ほど前に今の場所に移ったという

近所の人が「その昔、近くの子どもが交通事故に遭ったが、大けがにならずに済んだのはお地蔵さんのおかげ」と教えてくれた。

7月の「お地蔵さん祭り」の際は、ほこらからお地蔵さんを出して、広い敷地で披露する。鐘を鳴らして、町が元気になる。

禅定寺参道には「桜地蔵」 新町にはさまざまな願い込められた地蔵が

桜地蔵

「桜地蔵」に手をあわす近所の人たち=熊本市中央区横手

「百日咳地蔵様」に手を合わせ、恵比寿神社や高麗門跡を見やりながら、新幹線の高架をくぐった。加藤、細川家に仕えた家臣団の墓がある禅定寺(熊本市中央区横手)の参道に入ってすぐ右に「桜地蔵」があった。

その昔、疫病がはやったときに近くの戸坂町の住民が禅定寺にお参りして治ったことから、そのお礼として篤志家たちが建てたという。

よだれ掛けも着けてもらっている。きれいに扱われている

新町はかつて在来線の鹿児島本線が地上を走っていた。汽車にひかれる人が多かったため交通事故から身を守ってほしいという願いが込められたお地蔵さんが多いという。火事が起きないことや現世での幸せを願うお地蔵さんもある。

この国、この町の未来を担う子どもたちが健康であってほしい。

熊本市電からの風景

「百日咳地蔵」と「桜地蔵」

※情報は2020年4月24日時点です。

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