新元号「令和」決定 平成、昭和…過去の改元、熊日はどう報じた?

新元号「令和」決定 平成、昭和…過去の改元、熊日はどう報じた?

新元号「令和」の発表を報じる熊日号外に目を通す子ども

新元号「令和」の発表を報じる熊日号外に目を通す子ども=2019年4月1日午後1時ごろ、熊本市中央区のびぷれす広場前(高見伸)

2019年4月1日、「平成」に代わる新元号が「令和(れいわ)」と決定しました。5月1日午前0時に施行されます。

「令和」は日本最古の歌集「万葉集」から引用されており、安倍晋三首相は会見で「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」と述べました。

皇位継承前の新元号公表は憲政史上初ということですが、過去の改元は熊本でどのように報じられていたのでしょうか? 熊本日日新聞社のデータベースで調べてみました。

1989年1月8日 昭和→平成

「昭和」から「平成」へ改元された1989年1月8日。熊日は『きょうから「平成」元年』との見出しで、即位したばかりの天皇陛下が元号を改める改令の書類に署名されている写真が1面でした。

平成元(1989)年1月8日付の熊本日日新聞1面

平成元(1989)年1月8日付の熊本日日新聞1面

題字下には『「内平外成」と「地平天成」』という見出しで、竹下首相(当時)の談話が掲載されており、「平成」の出典について説明しています。

 新しい元号は「平成」であります。これは、史記の五帝本紀および書経の大禹謨(だいうぼ)中の「内平かに外成る(史記)地平かに天成る(書経)」という文言の中から引用したものであります。この「平成」には、国の内外にも天地にも平和が達成されるという意味が込められており、これからの新しい時代の元号とするに最もふさわしいものであると思います。

1989年1月8日付 熊本日日新聞朝刊

「平成おじさん」として注目された小渕官房長官(当時)は2面に掲載されていました。

平成元(1989)年1月8日付の熊本日日新聞2面

平成元(1989)年1月8日付の熊本日日新聞2面

紙面の下には『思い万感…去りゆく時代』との見出しで、政界関係者のコメントが掲載されています。「思わず哀悼の言葉が漏れる」「落胆しきった表情かくせず」など、昭和天皇崩御を悲しむ言葉が並んでいます。

1926年12月25日 大正→昭和

「大正」から「昭和」へ改元されたのは1926年12月25日。熊日の創刊は1942年4月なので、熊日の前身である「九州日日新聞」と「九州新聞」から、改元翌日12月26日の紙面を紹介します。

昭和元(1926)年12月26日付の九州日日新聞1面

昭和元(1926)年12月26日付の九州日日新聞1面

昭和元(1926)年12月26日付の九州新聞1面

昭和元(1926)年12月26日付の九州新聞1面

「昭和」の出典については、両紙でそれぞれ以下のような記述を見つけました。

※一部読み取りにくい部分があり、正確でない可能性があります。

昭和の字義

改元された新年號昭和の字義は世界平和と國民一致の大義を現はしたものである

昭和元年(1926)年12月26日付 九州日日新聞

新年號の意味

(前略)

『昭和』の出典に就(つい)ては、まだ何の通信もないが、社内同僚の考察するところによれば、書経堯典の
「克明俊徳、以親九族、九族既睦、平章百姓、百姓昭明、協和萬邦、黎民於變時雍」
から出たものらしい。『百姓(せい)』とは億兆の意味で、『昭明』とは事物のあきらかな形容である。

『百姓昭明にして萬邦を協和す』これが新時代のモットである。そうしてその意味は、國民の道徳を研(みが)き、その力――即(すなは)ち武力でない――で世界万国を協和――敢(あへ)て征服でない――すると云(い)ふのであらう。欺(か)う拜察して、我等は新年號の意味の深長なのを感ずる。

(後略)

昭和元年(1926)年12月26日付 九州新聞

九州新聞の「社内同僚」の考察は的中しており、博識な人がいたんだと感心させられます。

その後、日本は戦争の道を歩んでしまいますが、元号の意味からは世界平和への強い願いを感じます。新しい時代に新しい希望を込めたいという思いは、いまも昔も変わらないのでしょう。

1912年7月30日 明治→大正

1912年7月30日に明治天皇が崩御され、大正への改元は即日施行されました。熊日のデータベースには、明治天皇崩御の号外が残っていました。

明治天皇崩御号外

陛下遂に御崩御あらせられたり

明治45(1912)年7月30日付 九州日日新聞号外

シンプルな文面ですが緊迫感が伝わってきます。当時から新聞社にはいち早く情報が集まっていたことが分かります。

翌7月31日の紙面に改元のニュースが入っていると思われますが、九州日日新聞の7月31日付は欠損しており、熊日のデータベースには一部しか残っていませんでした。そのため8月1日の紙面を紹介します。

大正元(1912)年8月1日付の九州日日新聞1面

大正元(1912)年8月1日付の九州日日新聞1面

大正元(1912)年8月1日付の九州日日新聞2面

大正元(1912)年8月1日付の九州日日新聞2面

状態もあまりよくないため読解が難しいのですが、2面には『改元の詔書』『新年號告示』の見出しが見えます。1面の左下には『歴代天皇御年表』があり、初代神武天皇から、明治天皇の先代に当たる孝明天皇まで、歴代天皇の一覧が掲載されています。

改元発表のタイミングも時代とともに

さて、「大正」「昭和」の改元は天皇崩御の即日行われていますが、「平成」改元は天皇崩御の翌日となっています。これについては、先に紹介した平成元(1989)年1月8日付の熊本日日新聞2面に記載がありました。

 新元号は天皇崩御の翌日から施行されることになった。天皇一代につき一つの元号という「一世一元制」を厳格に適用した「大正」「昭和」の元号決定では、崩御当日、直ちに改元、施行する「即日改元」の方式がとられた。
しかし今回は施行時期について「新元号は公布の翌日午前零時から施行する」との原則を決定。国民への周知徹底のため、新元号決定から施行まで多少の時間的間隔を設定した。

平成元(1989)年1月8日付 熊本日日新聞朝刊

背景には天皇の地位が明治憲法と現憲法で大きく変わったこと、社会経済状況が複雑化したため国民生活への影響が大き過ぎると判断したことがあったようです。

「令和」は施行1カ月前の公表となりました。これは改元に伴う官民の情報システム改修に1カ月の準備期間が必要、ということを踏まえてのものでした。

過去の紙面を振り返って、元号発表のタイミングも時代とともに変わっているのが分かります。

新聞博物館で「令和始動 時代変わるか」企画展

2019年4月11日から熊本市中央区世安町の新聞博物館で、「令和始動 時代変わるか」企画展が開催されています。6月15日まで。

「令和始動 時代変わるか」企画展

新聞博物館で開催中の「令和始動 時代変わるか」企画展=熊本市中央区

大正や昭和への改元を報じた九州日日新聞の紙面や、新元号「令和」発表時の熊日や全国紙の号外など約150点を展示。東京日日新聞(現毎日新聞)が昭和への改元を誤報した「光文事件」当時、編集主幹だった城戸元亮=熊本県玉名市出身=が事件の経緯を記したメモもあります。

明治から大正、昭和、平成、そして令和へ。その都度伝えてきた当時の新聞や写真などを展示し、改元と時代との接点を探ります。

ここで紹介したような貴重な過去の紙面や写真も展示されています。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

会場 熊本県熊本市中央区世安町172 熊日本社2号館5階

アクセス JR平成駅から徒歩7分
会期 平成31(2019)年4月11日(木)~令和元(2019)年6月15日(土)。
日祝日休館。10時~17時(最終16時半)。10連休中、4月30日~5月2日の3日間は開館します。
電話 096-361-3071
主催 熊本日日新聞社・新聞博物館

CATEGORIES
TAGS