石坂製菓(熊本市新町)の「長鮮棒」 昔ながらの忘れられない味

石坂製菓(熊本市新町)の「長鮮棒」 昔ながらの忘れられない味

ぶらり新町・古町

熊本市中央区新町の石坂製菓

熊本市中央区新町の石坂製菓。お店を撮影しようとしたら、ご主人が店の奥から持ってきたのれんをかけてくれた

「黒砂糖」と「はったい粉」を材料にした、質素で甘すぎない和菓子がある。旧中職人町(熊本市中央区新町)の石坂製菓がつくる「長鮮棒」だ。「昔食べた味と食感が忘れられない」と遠方から来る客もいるという。

ご主人の石坂征勝さんは(78)は「もはや、“忘れられた菓子”ですよ」と、商品の歴史を語り始めてくれた。

先代が中職人町で製菓業を始めたのは昭和1けたのこと。この街は、和菓子店が軒を連ねていた。戦時中は一時、砂糖の調達ができなくなったこともあった。石坂さんが高校を出てから店を継いだのは1958(昭和33)年だ。

当時は今のようなパック売り(8本入り)ではなく、3センチくらいの一口大を1円単位で売っていた。らくがんや傘あめなども扱っており、子どもたちは新聞紙でつくった袋入りのお菓子を喜んで買っていた。

熊本名物の「朝鮮飴」と間違える人が多いため、「長鮮棒」と書き始めたのは30年くらい前のことだ。

「長鮮棒」1パック

これが1パック。歯ごたえともっちり感がいい

商品名は、そもそも「朝鮮」とは関係ないのではないかと石坂さんは考えている。「黒糖やはったい粉の原料のハダカムギは朝鮮半島で盛んに作られていたとは思えない」

現在、はったい粉は、鹿児島から仕入れている。

石坂さんは「庶民の味です。黒糖や麦は庶民が口にしたもので、(高級な)もち米や白砂糖を使うあめとは違うんです」と話す。

かつては近くに市場があり、菓子街にも多くの小売商が商品を仕入れに来た。それがいつのころからか、スーパーが価格を決めるようになった、食の洋風化が進んだ、刺激のある味を好む風潮となった。自動車が普及し郊外で買い物する人が増えた。外で遊ぶ子どもが減った…。

お店ではかごの中に商品があり、お客が自ら手にした分の代金をかごの中に置く仕組み。性善説に立つ。添加物を使わず、シナモンもショウガも入れない。昔の味を守る。食べたい人はいる。

お店のかごに入った長鮮棒

お店のかごに入った商品。“値札”には「長生棒」と書いてある。「まあ、いいんです。適当です」とご主人

石坂製菓

住所 熊本市新町4丁目1-36

アクセス 熊本市電 「新町」電停から徒歩3分
電話 096-322-3261

※文中の年齢、店舗情報は2019年5月20日時点です。

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