絵にもらった「生きる力」 「絵で人に希望を届けたい」 画家・原口正治さん

絵にもらった「生きる力」 「絵で人に希望を届けたい」 画家・原口正治さん

【令和に咲く】新時代担う若者に同世代の記者がインタビュー

画家の原口正治さん(左)

画家の原口正治さん(左)が描いた絵の説明を聞く中島忠道記者=熊本県山鹿市

熊本日日新聞社の「平成生まれ」の記者たちが、IT業界やアート、音楽など、さまざまな分野で挑戦を続ける、熊本県出身や在住の市井の若者を取り上げる連載「令和に咲く」。

今回は、熊本市の画家、原口正治さん(28)を取材しました。記事は社会部の中島忠道記者(28)、写真は宇土支局の西國祥太記者(29)が担当しました。

絵を通して自分自身を見つめた

実家近くの森に立つ原口正治さん

高校時代の作品を手に、インスピレーションを得たという実家近くの森に立つ画家の原口正治さん

山鹿市のガソリンスタンド。観覧車やメリーゴーラウンドを描いたカラフルな壁画が目を引く。同市出身の画家、原口正治さん(28)=熊本市東区=が4月末に完成させた。「ゴールデンウイークのわくわく感を込めた」と語る作品は奔放な筆遣いで楽しげだ。

熊本市の看板会社で働きながら画家として活動。美術展に出品するほか、クラブでのライブペインティングや似顔絵描きなどをしている。

キャンバスを手に、実家近くの階段を上る原口正治さん

日本人の父とフィリピン人の母を持つ。9歳で父が亡くなり、15歳で母が帰国。兄と2人で熊本に残った。

「自分から人が離れていくのは何でだろう」。幼い心に疑問が重くのしかかった。そんな時、心に浮かぶイメージを片っ端からノートや机に描いた。悲しみや怒り、やるせない気持ちを消化できた。「絵を通して自分自身を見つめ、理解し、生きる力をもらった」

好きなことできるのは幸せ

鹿本高時代は美術部に所属。卒業後も働きながら制作活動を続けたが、「絵で生きよう」と確信したのは18歳の時だ。

フィリピンの母を訪ねた際、台風で決壊したダムの濁流に家がのまれ、屋根の上で一夜を明かした。間一髪、逃げながら必死でつかんだのはスケッチブックだった。泥に埋まった家で消しゴムを見つけ、涙があふれた。「人は簡単に死ぬ。好きなことをできることは、どれだけ幸せか」

お気に入りの1枚だと語る作品「想(そう)」

原口正治さんがお気に入りの1枚だと語る作品「想(そう)」

「多くの人に芸術に触れてもらいたい」と願う。2014、15年に写真家や音楽家などを集めた子ども向けの無料イベントを主催。熊本地震後には復興を願い、解体予定のビルでアートイベントを開いた。似顔絵描きで費用を工面しながら、埼玉までミニバイクで往復したこともある。

絵だけで生活するのは厳しく、これまでもパン屋などで仕事を掛け持ちしてきた。将来、絵描きとして大成できるのかも分からない。それでも「絵を見た人から『元気が出た』と言ってもらえるとうれしい。今度は、自分が絵で人に希望を届けたい」。不敵な笑顔で前だけを見つめる。

(2019年5月31日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

過去の作品

原口正治さんが口に筆をくわえて書いたという詩など、過去の作品が無造作に並ぶ原口さんの自室

原口正治(はらぐち・しょうじ) 略歴

1990(平成2)年生まれ。2008年から2年間、熊本市の黒髪美術研究所で学ぶ。17年、熊本地震からの復興につなげようと県内外のアーティストを集めたイベント「破壊からの創造」で実行委員長を務めた。昨年3月、初の海外個展を韓国ソウルで開催。

原口正治 ライブペイント ①西ノ浜海水浴場 Niji BEACH FES’2014 7月20日(本人のユーチューブチャンネルより)

〈取材を終えて〉

中島忠道記者(左)の肖像画を緑を基調にして描く原口正治さん

中島忠道記者(左)の肖像画を緑を基調にして描く原口正治さん

右から左、下から上へ。絵筆が自由にキャンバスの上を走り、体全体で自分の思いを形にしていく―。

原口さんは絵を描くとき「自分と対話する」という。悲しみや怒り、喜びなど経験を吐き出すのだそう。面白いのは「悲しさを込めた絵でも見る人によって『希望』になる」こと。どんな経験も成長につながるため「やってみるのが大事」という。伝える仕事をしている同年代として共感した。(中島忠道)

壁画

原口正治さん(左)が描いた壁画を前に、作中の人物と同じポーズをとる中島忠道記者

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