教師と生徒、本音の対話で「公教育を変えたい」 不登校を経て活動・成毛侑瑠樺さん

教師と生徒、本音の対話で「公教育を変えたい」 不登校を経て活動・成毛侑瑠樺さん

【令和に咲く】新時代担う若者に同世代の記者がインタビュー

成毛侑瑠樺さん

かつて授業を受けていた中学の教室で話す成毛侑瑠樺さん=熊本市

熊本日日新聞社の「平成生まれ」の記者たちが、IT業界やアート、音楽など、さまざまな分野で挑戦を続ける、熊本県出身や在住の市井の若者を取り上げる連載「令和に咲く」。

今回は、自らの不登校を経て「公教育を変えたい」と活動を続ける、熊本市の成毛侑瑠樺さん(19)を取材しました。記事は玉名総局の熊川果穂記者(25)、写真は宇土支局の西國祥太記者(29)が担当しました。

「不登校でもいいんだよ」

夏休みや冬休みの終わりが近づくと、成毛侑瑠樺(うるか)さん(19)=熊本市北区=の心はざわつく。「不登校の子どもが死を選ぶかも…」。不登校だった時、死を考えたことがある。「軽い気持ちで『死なないで』とは言えない。不登校でもいいんだと伝えたい」-。

3月まで高校生だった成毛さん。現在は大学進学を目指す一方、「公教育を変えたい」と奮闘している。

高校時代から取り組むのが、教師と生徒が向き合う「対話プロジェクト」。知り合いの教師に声を掛け、熊本市内の中学校などで4回開催した。生徒からの学校批判に、教師からは「私たちも頑張っている。学校がなくてもいいの」と本音が飛び出した。教師たちの悩みを知った。

「本音」語れば何かが見えてくる

小学3年の頃。「私ブスだから」という友人の言葉に「そうだね」と応じたら、教師に怒られた。「相手の意見を尊重したのに、なぜ怒られたか分からなかった」。女子グループにうまくとけ込めず、不登校になった。

中学は別室登校。教室に一時戻ったが、修学旅行先の沖縄の戦争資料館で、「キモイ」を連発する同級生の姿にショックを受けた。「ここだけ見てレポートを書けばいい」と言う教師にも失望した。「先生は、どうせ生徒は興味がないと思っている」。別室登校に戻った。

別室の教師は、意見を聞いた上で時間割を作った。「不登校の生徒を見る目ではなく、『成毛侑瑠樺』を見てくれた。自分を肯定できるようになった」。教師批判の気持ちが薄らぐのが分かった。

「対話プロジェクト」

教師と生徒が向き合う「対話プロジェクト」に取り組む成毛侑瑠樺さん(中央)=2017年10月、熊本市(成毛さん提供)

「公教育を変える」と始めた対話プロジェクトはまだ緒に就いたばかり。今後の展開も見えない。けれども、本音で語り合えば何か見えてくるものがある。それが分かったのは大きな収穫だった。

不登校の時、熊本市北区の八景水谷公園と坪井川遊水地で友人と写生をした。たくさん木を描いた。「木には『いい生き方をしてるね』と言ってくれた別室の先生のような包容力を感じる。私もそんな大人になりたい」。今の目標は、大学で教育哲学を学ぶことだ。

(2019年6月7日付 熊本日日新聞朝刊掲載)

成毛侑瑠樺(なるげ・うるか) 略歴

2000(平成12)年生まれ。3月に通信制の志成館高等学院を卒業。生徒と教師の「対話プロジェクト」開催には、若者の社会起業家を支援する東京の非営利団体から、10万円の資金援助を受けた。

〈取材を終えて〉

毛侑瑠樺さん(左)と熊川果穂記者

公園で将来について話す成毛侑瑠樺さん(左)と熊川果穂記者

昨年8月、高校生だった成毛さんが主催したイベント「#不登校は不幸じゃない」を取材したのが初対面。学校に抱く疑問などをぶつけ合ううちにすっかり意気投合、何時間も話し込んでしまった。

SNSでいろんな人とつながりながら、イベントや「対話プロジェクト」開催にこぎ着ける積極性には驚いたが、中学時代はマスクが手放せずに下を向いて過ごしたという。

「子どもたちが『自分はダメだ』と思ってしまうことが一番嫌」。成毛さんが語気を強めた言葉だ。不登校の頃の成毛さんも「自分はダメだ」という思いでいっぱいだっだが、「ダメじゃない」と気付かせてくれたのは、自分を肯定してくれた大人だった。

スケッチブック

スケッチブックを手に風景画を描く成毛侑瑠樺さん=熊本市北区の八景水谷公園

「公教育を変える」というテーマは、子どもたちを肯定できる教師はたくさんいるのに、長時間労働など教育現場が抱える環境が余裕を奪っているのではないか、という疑問から生まれているのだろう。「先生たちって、授業の研究以外に、子どもとの関わり方を学ぶ必要もあるんじゃないかな」というつぶやきに深く共感した。

この夏、成毛さんは熊本市中央区の「未来会議室」で、不登校の子どもたちなどを対象にしたイベントを計画している。(熊川果穂)

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