国境、言葉超えて学び合い 一夏限りの楽団「アジアユースオーケストラ」 8月27日、熊本で凱旋公演

国境、言葉超えて学び合い 一夏限りの楽団「アジアユースオーケストラ」 8月27日、熊本で凱旋公演

リハーサルキャンプ

リハーサルキャンプで、リチャード・パンチャス氏(左)の指導を受けるアジアユースオーケストラのメンバーたち=2019年7月29日、香港・湾仔区

アジア各国の若者たちでつくる「アジアユースオーケストラ(AYO)」が2019年8月27日、熊本市の県立劇場で公演します。AYOにとって熊本は、1990年にデビュー公演を果たした〝発祥の地〟で、凱旋公演は99年以来20年ぶりです。AYOが香港で行ったリハーサルキャンプに、熊本日日新聞社文化生活部の平澤碧惟記者が同行。3回連載「国境超えるオーケストラ」(8月15~17日付掲載)で、AYOの歩みを振り返り、公演に向けて練習に励む団員らの姿をリポートしました。「クロスくまもと」では連載記事をまとめ、熊本公演の情報もお知らせします。

※記事内容に関する情報は、掲載時点です。

音大生やプロ奏者目指す社会人 各国で選ばれた105人集う

「そこはタカタカタッと歯切れよく吹いて。次は80小節目から」。指揮者の声が、アジア各国から集まった若き楽団員たちに向けられます。指導はすべて英語。英語ができない団員もいますが、周りのメンバーに教わりながら必死にメモを取ります。

2019年7月下旬、香港中心部の香港演芸学院。AYOのメンバーが、3週間に及ぶリハーサルキャンプに臨んでいました。キャンプが終われば、中国を皮切りに台湾、韓国、日本の4カ国・地域を3週間かけて回るコンサートツアーが待っています。

AYOは各国のオーディションで選ばれた17~27歳の若者でつくる、一夏限りの楽団です。29回目の今年は、日本や中国、韓国、フィリピン、シンガポールなど11の国と地域から105人が参加。音楽大学の学生や、プロのオーケストラ奏者を目指してフリーで活動する社会人が中心です。

日本人は14人、うち女性が13人を占めます。長崎市の活水女子大4年生で、ホルンの足立歩さん(22)は「いろんな国の人と会えて楽しい」と声を弾ませました。英語は話せませんが、「音楽という共通言語があるから、ジェスチャーや単語だけでも言いたいことが何となく分かるんです」。

ホルンの練習

ホルンの練習に励む、長崎出身の足立歩さん(左)と沖縄出身の宇根ひかりさん=7月29日、香港・湾仔区

リハーサルキャンプでは、計14公演で演奏する6曲を仕上げます。全体練習は1日8時間、団員らはわずかな自由時間にも自主練習に励みます。

全体練習の指揮を執るのは、AYO創設者で指揮者のリチャード・パンチャス氏。加えて、米バークリー音楽院はじめ世界の名だたる音楽大学や楽団の演奏家が各楽器に1人以上付き、指導します。イタリアの演奏家の指導を受ける足立さんは、「楽器は自分が奏でたいと思う音楽を生み出すための手段で、うまく弾くことがすべてではないとの言葉に衝撃を受けた」と言います。

学びは音楽だけにとどまりません。折しもキャンプ地の香港では、政府の方針に抗議する若者らのデモが続いていました。大分出身でクラリネットの清水香名さん(27)はキャンプ開始時、中国人のメンバーに「香港で何が起きているのか」と尋ねられたそうです。

デモ

政府に抗議するデモ参加者で埋め尽くされた香港の道路=7月28日、香港・中環地区

「中国では香港をめぐる情報が規制され、国民に伝わっていないと知りました。就寝前などの時間に韓国人メンバーと日韓の考え方の違いについて話し合うこともあり、国際的な問題やアジア各国の事情を考えるきっかけになりました」

パンチャス氏は「演奏技術の向上より大切なことは、国境や言語を超えて友達をつくり、学び合うことだ」と言います。その志は、団員たちに確かに浸透しつつあります。

中国、台湾、香港、日本…違いを理解、続く友情

1990年、「第6回熊本国際青少年音楽フェスティバル」でデビューを飾ったAYO。以来、国連発足50年や香港返還の記念式典などのビッグイベントを含む400回以上の公演を成功させ、世界を舞台に活躍する音楽家を輩出してきました。

結成は87年。現在も芸術監督兼指揮者としてAYOを引っ張るリチャード・パンチャス氏が発案しました。当時、台湾や日本の学校で音楽を教えていて、学生たちがクラシックを学ぶため渡欧していく状況に複雑な思いを抱いていました。「人材の流出が続けばアジアの音楽は発展しません。若い音楽家がアジアで成長し、活躍できる場をつくりたいのです」

当時、国同士の関係が複雑な中国や台湾、香港の学生が同じ舞台に立つことは「あり得ない」とされていました。しかし、世界的バイオリニストのユーディ・メニューイン氏(故人)が共同設立者となったことで協力の輪が拡大。89年に予定した初公演が中国・天安門事件の影響で1年延期になる試練も乗り越え、初代メンバーらが熊本の地で堂々のデビューを飾りました。

リチャード・パンチャス

「創設時は、香港や中国の学生が同じ場所にいること自体があり得ないと言われた」と語るAYOの創設者リチャード・パンチャス氏=香港・湾仔区

AYOと熊本を結び付けたのは、熊本ユースシンフォニーオーケストラ創設者の一人でバイオリニストの猪本乙矢氏(故人)です。パンチャス氏の考えに共鳴した猪本氏は「日本での公演は僕が実現させる」と“宣言”。熊本公演の段取りに加え、県内でのリハーサルキャンプの会場確保や団員のホームステイ先の調整など一切を取り仕切りました。

妻でバイオリニストの耀子さん(79)=熊本市=は「インターネットのない時代、電話やファクスだけで国内外とやりとりし、物事を決めていくのは本当に大変でした」と振り返りつつ、「熊本ユース創設時の思いと重なり、絶対に成功させたいという気持ちが湧きました」と語ります。

猪本夫妻の娘の桃子(とうこ)さん(50)は、AYO1期生の1人。第2バイオリンのリーダーを任され、「団員たちのバックグラウンドが全く違う中で演奏をまとめるには、まずお互いの違いを理解する努力が必要でした」と言います。

第6回国際青少年音楽フェスティバル

第6回国際青少年音楽フェスティバルでデビューを果たしたAYO。熊本ユースシンフォニーオーケストラ、阿蘇少年少女合唱団と共演した=1990年、南阿蘇村の県野外劇場アスペクタ(鶴芳則さん提供)

当時は東京外国語大の学生で日本語教師を目指していましたが、AYOでオーケストラの楽しさに目覚め、音楽の道に進びました。ウィーン市立音楽院卒業後、AYOの同期生に声を掛けられマレーシアフィルハーモニーオーケストラに入団。現在は同国の大学でバイオリンとビオラを教えています。

違いを超え、素晴らしい音楽をつくるという共通の目標を達成した同期生との友情は今も続きます。29年間にAYOを巣立った人材は約3千人。「精神的なつながりを持った人がアジアに3千人もいるということは、この地域にとって大きな希望です」

20年ぶりの熊本公演 「地震からの復興へ祈り込めて演奏」

アジア各国の若者105人が参加するAYOが“発祥の地”熊本で演奏するのは今回で4回目、実に20年ぶりのことです。創設者で指揮者のリチャード・パンチャス氏は「熊本は思い出深い土地。(2016年の)熊本地震以来ずっと訪れたいと思っていました。復興への祈りを込め演奏したい」と語ります。

コンサートツアーは11都市で14公演を予定。8月10日の中国・上海を皮切りに香港、台湾、韓国を巡って27日の熊本へ。福岡(28日)を経て東京(30、31日)でフィナーレを迎えます。

熊本公演の演目は、リムスキー=コルサコフ「スペイン奇想曲」と「シェヘラザード」、ブルッフ「バイオリン協奏曲第1番ト長調」の3曲。協奏曲では、作曲家服部克久の孫で世界的に活躍するバイオリニストの服部百音(もね)さん(20)=東京都=がソリストを務めます。

「同世代の演奏家と共演するのは初めてで、とてもわくわくします」と服部さん。「ブルッフの協奏曲は心をつかまれるフレーズが多く、最大限の力を出して美しい旋律を届けたいです」

日本人メンバー14人のうち九州・沖縄の出身者は4人。福岡出身でクラリネットの江上葉月さん(26)は2度目の参加で、日本人のまとめ役も担います。「私たちが作り上げる音楽を聞いて、『自分も参加したい』と思う人が出てくればうれしい」と期待を寄せます。

AYOの日本人メンバーら

AYOの日本人メンバーら=7月30日、香港・湾仔区

「『シェヘラザード』は、ソロパートが多くて大好きな曲。AYOがどう表現するか、とても楽しみです」。熊本市のバイオリニスト鶴和美さん(69)と夫の芳則さん(69)は、熊本公演を心待ちにします。

夫妻はAYOのデビュー公演の際、台湾とシンガポールの団員をホームステイで受け入れました。和美さんは当時、団員たちと一緒に練習し、「海外での活躍を目指す子どもたちに刺激を受けて留学を決意した」そうです。

今年3月、台湾の元団員が突然、鶴さん宅を訪ねて来ました。12歳だった少年は42歳の音楽家となり、「台湾で指導する学生たちを熊本に連れて来たい」と語りました。「AYOが運んだ出会いが30年後の今も続き、新たな交流を生み出そうとしています」。芳則さんは感激の面持ちです。

練習に励むAYOのメンバーら

練習に励むAYOのメンバーら=7月29日、香港・湾仔区

「音楽はどんなに困難な状況でも、人々をつなげる力がある」とパンチャス氏は語ります。「若者たちの演奏を通して、熊本の皆さんにその力を感じてほしいです」

アジアユースオーケストラ熊本公演の情報

会場 熊本県立劇場コンサートホール(熊本市中央区大江2丁目7-1)

日時 8月27日19時(18時半・開場)
アクセス
  • 路線バス 県立劇場前バス停からすぐ、大江渡鹿(とろく)バス停から徒歩7分
  • 熊本市電 「味噌天神」電停から徒歩15分
  • JR 豊肥線・水前寺駅から徒歩10分
  • 乗用車 九州自動車道・熊本IC、益城熊本空港ICから、いずれも約20分
料金 前売りは指定席3千円、一般2千円、25歳以下の大学~小学生千円(いずれも当日券は500円増)
※未就学児の入場はご遠慮ください
問い合わせ コモドアートプロジェクト 096-288-4635
ホームページ http://ayonihonjimukyoku.com/
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