ラグビーW杯日本代表・流選手の「原点」 荒尾高時代、記者も驚く「別次元」のプレー 熊日記事まとめ

ラグビーW杯日本代表・流選手の「原点」 荒尾高時代、記者も驚く「別次元」のプレー 熊日記事まとめ

2019年9月20日に開幕するラグビーW杯日本大会に臨む日本代表メンバーに、熊本県立荒尾高(現・岱志高)出身の流大(ながれ・ゆたか、27歳、サントリー)選手が選ばれました。流選手のポジションはスクラムハーフ(SH)で、テンポのいいパスさばきや正確なキックを武器に、攻撃の起点として初の8強入りを目指す日本を引っ張ります。代表キャップは18。身長166センチ、71キロ。小さな体ですが、「W杯で必ず勝ち、日本中を盛り上げる」と確固たる決意で大舞台に臨みます。

流選手

ラグビーW杯日本大会の壮行試合として行われた南アフリカ戦で、後半途中から出場した流選手=9月6日、熊谷ラグビー場

流選手は、福岡県久留米市出身。小学2年生から地元のクラブで競技を始め、荒尾高の徳井清明監督から声を掛けられ熊本へ。中学当時のプレーを見た恩師は「ジャパン(代表)になる」と才能にほれ込んだそうです。本人自身が「原点」という荒尾高時代は、全国高校大会(花園)に2度出場し、高校日本代表候補にも選ばれました。帝京大入学後は、20歳以下日本代表としてウェールズ遠征に赴くなど着実に階段を上り、4年時は主将を務め、大学選手権6連覇に導きました。トップリーグのサントリーでもチームをけん引しています。

熊本日日新聞は、荒尾高時代を中心に流選手の活躍や、母校での指導ぶりなどを紙面で何度も取り上げてきました。W杯での流選手の大活躍を願い、これまでの熊日の紙面や写真をまとめました。お楽しみください。

※情報は2019年9月6日時点、紙面の情報は掲載時点です

2年ぶり花園へ ロングパスでトライ演出(2009年、荒尾高2年)

2009年11月23日、熊本市の水前寺競技場で行われた、第89回全国高校ラグビー大会熊本県予選決勝。荒尾が43-5で九州学院を下し、2年ぶり4度目の花園出場を決めました。荒尾は、華麗なパスラグビーを展開し、それまでの「FWの荒尾」からイメージチェンジ。2年ぶりの王座返り咲きを果たしました。

2年生だった流選手は、久留米のクラブチームでも一緒にプレーした高校日本代表候補の3年生、CTB(センターバック)木村泰成選手とともに、巧みなステップやパスで何度もチャンスメーク。パントキックが効果的だったほか、絶妙のロングパスでトライをおぜん立てもしました。

2009年11月24日付掲載の記事

荒尾高が全国高校ラグビー大会熊本県予選を制し、2年ぶりに花園出場を決めたことを報じた2009年11月24日付掲載の紙面

荒尾高の選手たち

2年ぶりに花園出場を決めた荒尾高の選手たち。後列右から5人目が流選手=2009年11月23日、熊本市の水前寺競技場

第89回全国高校ラグビー大会、荒尾高の1回戦の対戦相手は、花園常連で4年連続39度目出場の強豪・日川高(山梨)でした。

2009年12月23日付掲載の記事

第89回全国高校ラグビー大会の日川戦に向け、荒尾高フィフティーンの意気込みを伝えた2009年12月23日付掲載の記事

2009年12月27日に東大阪市の近鉄花園ラグビー場で開催された、第89回全国高校ラグビー大会1回戦。荒尾は5-15で日川に敗れ、初戦突破はなりませんでした。この試合、荒尾は5点を追う前半10分、敵陣ゴール前のラックからSH流選手が右に飛ばしパス。WTB坂西翔太選手が右隅に飛び込んでトライ(ゴールは失敗)を決め、いったんは試合を振り出しに戻しました。しかし、FWを軸にした日川の猛攻を受け、勝ち越しを許しました。

2009年12月28日付の紙面

第89回全国高校ラグビー大会1回戦で、荒尾が日川に敗れたことを報じた2009年12月28日付掲載の紙面

圧巻、40メートルの勝ち越しPG 県高校総体2連覇に貢献(2010年、荒尾高3年)

最上級生になった流選手は、新チームの主将に就任。2010年1月30日、熊本市の水前寺競技場で開催された、全九州高校新人戦県予選を兼ねた第32回RKKカップラグビー大会決勝で、荒尾が10-8で九州学院に逆転勝ちし、2年連続2度目の優勝を飾りました。

この試合、荒尾は、愚直なまでにパント攻撃を徹底。バックスにボールを展開せず、敵陣深く入ってもパントを上げ続けた。0-8でリードされての前半終了間際、流選手のキックをSO清原祥選手がキャッチし、プロップ大村一誠選手、ナンバー8町野泰司選手とつないで右中間にトライ。ゴールも決めて1点差に追い上げて前半終了。後半24分、流選手が左中間からPGを決めて逆転―という展開でした。

RKKカップラグビー大会決勝で、荒尾高が九州学院高に逆転勝ちし、2年連続の優勝を飾ったことを報じた2010年1月31日付掲載の紙面

RKKカップラグビー大会を制して4カ月後。6月1日、熊本市の県民総合運動公園で行われた第38回県高校総合体育大会の決勝で、荒尾は九州学院を22-12で下し、2年連続4回目の優勝を飾っています。この試合、流選手は圧倒的な存在感を発揮しました。

決勝戦を取材した熊本日日新聞社運動部の久保田尚之記者(当時、現在は都市圏部)は、流選手に焦点を当てた観戦記事を書いています。

2010年6月2日付の紙面

流主将の活躍で荒尾高が県高校総体2連覇を果たしたことを報じた2010年6月2日付掲載の紙面

書き出しはこうです。

「別次元の動きだ。荒尾の高校日本代表候補、SH流大(ながれ・ゆたか)が全得点に絡む活躍でチームを優勝に導いた。『絶対に勝ちたかった。気持ちを前面に出して戦った』。164センチの体がたくましく見えた」

記事は続けます。「荒尾は九州学院のモール攻撃を止められず、開始早々に先制を許したが、流は冷静。前半13分、相手のゴロパントを拾うと左足で敵陣深くけり込み、WTB猿渡哲士の同点トライを演出。7点を追う後半12分はゴール前でラストパスを送り、左隅からの難しいゴールも決め同点に追い付いた」

「圧巻は後半20分。ゴール正面40メートルのペナルティーゴールを鮮やかに決めて勝ち越し。終了間際は自陣から50メートル独走し、CTB寺本優哉のトライをおぜん立てした」

驚くべきは、小柄な体からは想像できないほどの体力です。流選手は、5月30日の熊本工との準決勝後、福岡で行われた高校日本代表候補の1次合宿に参加。全国の猛者としのぎを削り、決勝前日の31日午後に熊本に戻るという強行日程だったそうです。決勝でも「体力には自信がある」と最後まで豊富な運動量で駆け回りました。

九州学院-荒尾

県高校総体決勝の九州学院-荒尾。前半、ボールを持って攻め上がる荒尾の流選手=2010年6月1日、熊本市の県民総合運動公園

自身、高校時代ラガーマンだった久保田記者は、9年前のこの試合のことを鮮明に覚えています。「ラグビー以外の競技を含め、普通、高校生に対して『別次元』という表現は使いません。でもあの記事ではあえて『別次元の動きだ』と書きました。それだけ流選手のプレーが際立っていたということ。特に状況判断、リーダーシップが素晴らしかった。振る舞いや取材への応対など、好青年でもありました」

体重差で優る九州学院を縦横の連続攻撃で切り崩す 逆転勝ちで2年連続の花園(2010年、荒尾高3年)

2010年11月24日付掲載の紙面

流選手の活躍もあって、荒尾が第90回全国高校ラグビー大会県予選決勝で九州学院を下して、2年連続5度目の花園出場を決めたことを報じた2010年11月24日付掲載の紙面

2010年11月23日、熊本市の水前寺競技場で開催された第90回全国高校ラグビー大会県予選決勝。荒尾は26-11で九州学院を下して、2年連続5度目の花園出場を決めました。荒尾は前半、出足の鋭い九州学院FWに押し込まれて、自陣内の反則から先制を許しましたが、流選手を起点にボールを回して、攻撃のリズムを取り戻しました。WTB猿渡選手がサイドを駆け上がり、広がった相手守備陣のすき間をナンバー8町野選手、CTB木村選手らが突破。体重差で優る相手を縦横の連続した動きで切り崩しました。

 

第90回全国高校ラグビー大会、荒尾の1回戦の対戦相手は7年連続35度目出場の新潟工に決まりました。

2010年12月17日付掲載の記事

花園に向けて、調整を続ける荒尾高の選手たちを取り上げた2010年12月17日付掲載の記事

同年12月25日、全国高校ラグビー大会に熊本県代表として出場する荒尾高ラグビー部の出発式が荒尾市のJR荒尾駅であり、流主将が「花園では熊本の、荒尾の代表として精いっぱい戦う」と健闘を誓いました。

2010年12月26日付掲載の記事

荒尾高ラグビー部の花園への出発式について報じた2010年12月26日付掲載の記事

同年12月27日、東大阪市の花園ラグビー場で開催された第90回全国高校ラグビー大会1回戦。県勢の荒尾は11-13で新潟工に逆転負けしました。荒尾は、開始2分に先制のトライを奪われましたが、9分、流選手がPGを決めて追い上げると、19分には得意のライン攻撃が出てWTB猿渡哲士選手が鮮やかな逆転トライ。前半を8-5で折り返しました。しかし後半12分、新潟工にトライを奪われ、残り5分、流選手が再びPGを成功させて再逆転したものの、勝利が見えたロスタイムに相手FWの圧力に屈して決勝のPGを献上してしまいました。

2010年12月28日付掲載の紙面

第90回全国高校ラグビー大会1回戦、荒尾-新潟工戦の結果を報じた2010年12月28日付掲載の紙面

20歳以下日本代表入り(2012年、帝京大2年)

荒尾高時代、2年連続で花園に出場し、高校日本代表候補にもなった流選手は、ラグビーの強豪・帝京大に進学。2年時、20歳以下日本代表のウェールズ遠征メンバーに選ばれました。

2012年5月10日付掲載の記事

流選手が20歳以下日本代表のウェールズ遠征メンバーに選ばれたことを報じた2012年5月10日付掲載の記事

ラグビーの20歳以下日本代表に選ばれた流選手は、同年6月に米国で開催された国際大会で活躍します。全4試合に先発出場。米国との決勝は4点差で惜敗したものの、カナダ、ジンバブエ、グルジアとの予選リーグは全勝しました。当時、「スピードや技術は十分通用した。また桜のマークを背負う重みも感じた」と語っています。

帰国後、流選手は荒尾高時代の恩師・徳井清明監督に、国際大会で着用した、「日の丸」を背負った記念となる桜のマーク入りのジャージーを贈りました。流選手は「お世話になった監督にどうしても贈りたかった」。教え子の粋な計らいに、徳井監督もこの笑顔です。

20歳以下日本代表のジャージーを手渡す流選手

恩師の徳井清明・荒尾高監督(右)に、20歳以下日本代表のジャージーを手渡す流選手=2012年7月10日、同校グラウンド

2012年7月14日付掲載の記事

流選手が、恩師の徳井清明監督に20歳以下日本代表のジャージーを贈ったことを報じた2012年7月14日付掲載の記事

流選手は、荒尾高卒業後も母校とのつながりを大切にしています。帝京大時代は、卒業式の日の荒尾高ラグビー部恒例行事である3年生の「追い出し試合」に参加し、後輩たちに胸を貸したり、アドバイスを送ったりしました。

追い出し試合

荒尾高ラグビー部の「追い出し試合」で、独走でトライを狙う流選手を追いかける卒業生たち=2013年3月1日、同校グラウンド

2013年3月1日付掲載の記事

流選手も参加した荒尾高ラグビー部の「追い出し試合」を報じた2013年3月2日付掲載の記事

後輩たちに助言する流選手

荒尾高ラグビー部の「追い出し試合」に参加し、後輩たちに助言する流選手=2015年3月1日、同校グラウンド

主将として、未踏の大学選手権V6 決勝で先制トライも(2015年、帝京大4年)

流選手の学生時代、帝京ラグビー部は黄金期でした。入学後から3年時まで、全国大学選手権3~5連覇を達成。流選手も主力として貢献し、4年生になると主将に就任しました。新主将になって間もない2014年3月1日、母校の荒尾高を訪問した流選手と、高校・大学のチームメイトのロック町野泰司選手(帝京大卒業後、コカ・コーラを経て、現在は三菱重工相模原でプレー)に、最終学年の目標などについてインタビューしています。

インタビューで流選手は、「4年生に頼ることなく、年間を通してリーダーシップを発揮できた。5連覇を目指し真面目に取り組んだ成果が出てうれしい」と前シーズンを振り返り、大学生最後のシーズンに向けて「素晴らしいクラブで主将ができることを誇りに思う。プレッシャーはあまり感じない。楽しみのほうが大きい。自分らしく元気良くやっていきたい」と抱負を語っていました。

2015年1月10日、東京・味の素スタジアムで行われた全国大学選手権の決勝。帝京は筑波に50-7で大勝し、6連覇の偉業を成し遂げました。50得点と43点差は、ともに決勝での最多記録。帝京は試合開始早々に流選手のトライで先制し、前半を21-0で折り返すと、後半も筑波を1トライに抑え、終盤は連続トライで突き放しました。

2019年1月11日付掲載の紙面

流選手の活躍などで、帝京大がラグビー全国大学選手権6連覇を達成したことを報じた2019年1月11日付掲載の紙面

この決勝戦、熊本日日新聞社東京支社の高橋俊啓、山口尚久の両記者(当時、現在はともに都市圏部)がスタンドで取材。優勝決定後、流選手と町野選手が、観客席最前列にいた荒尾高の徳井清明監督の元へ駆け寄り、恩師とがっちり握手を交わした場面などを記事にしました。山口記者は、両選手が肩を組んで応援席の祝福に満面の笑顔で応えるシーンを間近で撮影、翌日の紙面を飾りました。運動部に所属したこともある高橋記者はこの試合を振り返って、「試合中ずっと、流選手が強豪チームをコントロールしているのがスタンドからでも分かった。動きも常にほかの選手よりも速かった」と話しています。

全国大学選手権で6連覇を果たし、流選手と町野選手が、恩師の荒尾高の徳井清明監督と握手を交わした場面などを報じた2015年1月11日付掲載の記事

トップリーグでも活躍 熊本の試合で観客沸かせる(2017年、サントリー所属)

流選手は大学卒業後、トップリーグの強豪・サントリーに所属。社会人2年目で主将に就任するなど主力選手として活躍します。2017年12月3日、熊本市のえがお健康スタジアムで開催されたトップリーグ・近鉄戦にも出場。巧みなパスやキックで勝利に貢献し、熊本のファンを沸かせました。

トップリーグ・近鉄ーサントリー戦。後半、ペナルティーキックを決める流選手=2017年12月3日、熊本市のえがお健康スタジアム

熊本で開催されたトップリーグで、流選手の活躍ぶりなどを報じた2017年12月4日付掲載の紙面

この年の2月9日、流選手はサントリーのチームメートと熊本を訪れ、熊本地震の支援活動として被災地の子どもたちとラグビーで交流しました。熊本日日新聞社も訪れ、流選手はインタビューで「日の丸を背負うことが目標」と今後の意気込みを語りました。

2017年2月10日付掲載の記事

流選手らサントリーの選手たちが、熊本地震の被災地の子どもたちとラグビーで交流したことを報じた2017年2月10日付掲載の記事

流選手が日本代表入りへの決意を語った2017年2月10日付掲載の記事

 

 

熊日の河村邦比児社長(右)にサイン入りユニホームをプレゼントするラグビー・トップリーグのサントリーの選手たち。左は流大主将=2017年2月9日、熊日本社

流選手が2018年1月、スーパーラグビーで3季目を迎える日本チーム、サンウルブズの共同主将に抜てきされたことを受け、コラムではW杯を見据え、そのキャプテンシーに期待を寄せています。

「背番号『9』の挑戦」の見出しで、流選手がサンウルブズの共同主将に抜てきされたことを取り上げた2018年2月6日付掲載のコラム「射程」

熊本県関係で2人目のW杯メンバーに

日本代表メンバーにも何度となく名を連ねた流選手ですが、熊日は2019年6月に宮崎県で行われたW杯日本大会の代表メンバー最終選考を兼ねた合宿の様子を取材しました。日本が目指すテンポアップした攻撃に欠かせない存在として、ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)の信頼の厚さが随所にうかがえました。

日本代表合宿で練習に取り組む流選手(左)。右は同じSHの田中史朗選手=2019年6月10日、宮崎市

ラグビーW杯日本大会まで100日と迫る中、日本代表合宿で流選手の存在感が高まっていることを報じた2019年6月12日付掲載の記事

そして8月29日、日本ラグビー協会が発表したW杯日本大会の代表31人に、流選手の名前もありました。熊本県関係のW杯出場は2011年ニュージーランド大会の平島久照選手=神戸製鋼、熊本西高出=以来2人目です。

W杯日本代表に流選手が選出されたことを、母校岱志(旧荒尾)高のラグビー部員らが歓声を上げて喜ぶことを報じた2019年8月30日付掲載の記事

W杯は、1次リーグは20チームが4組に分かれて戦い、各組2位までが準々決勝に進む。A組の日本は9月20日の開幕戦(東京・味の素スタジアム)でロシアと対戦。28日にアイルランド(静岡スタジアム)、10月5日にサモア(愛知・豊田スタジアム)、13日にスコットランド(横浜・日産スタジアム)と当たります。実力のある外国チーム相手に、流選手がどのような活躍を見せてくれるか、期待が高まります。

 

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